ボブ・ディランの「Mind Tree」

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 ウディ・ガスリーの歌に衝撃を受ける。ウディの自伝を読み、ウディのすべてを自身に「転写」する

コーヒーハウスで知り合った女性に、ウディ・ガスリーは絶対に聴かなければならないと諭される

▶コーヒーハウスで知り合った若い女優に、ウディ・ガスリー(Woody" Guthrie)の歌を絶対に聴かなくてはならないと諭されるディランの「心の樹」が、ハイウェイ61号線上の伝説とミシシッピー川の川面を吹き抜けるブルースの響きに感応している頃、学校の友愛会のメンバーでなかったディランは学生寮から追い出されドラッグストアの2階の倉庫を寝場所にしはじめています。床にマットレスを置いただけの殺風景な部屋でしたが、ある日1階のドラッグストアのカウンター席にディランが座っている時、コーヒーハウス「バスティーユ」で知り合いになったフロー・キャスナーという演劇学校に通っていた若い女優が姿を見せたのです。
彼女は霊感や直感に長け、樹木の超常的パワーや転生を信じる気さくな神秘主義者でもありました。そして彼女は何度も「前世のわたしは、あなただったのかもしれない」と言うのです。ディランが面食らっていると、彼女はウディ・ガスリーが共演でなく一人でプレイしているレコードを聴いたことがあるか訊ね、絶対に聴かなくてはならないと言うと、ディランを弁護士をしていた兄の家に連れて行ったのです。

そこには12枚ものウディ・ガスリーのレコード集があり、ディランは初めてそれを耳にします。「ディス・ランド・イズ・ユア・ランド」「ハード・トラヴェリング」「プリティ・ロード・フロイド」「ジーザス・クライスト」「1913マサカ」などなど予想を遥かにこえる膨大な詩の量と自作の曲でした。ディランの精神の「地形」がぐらぐらするほどの大きな衝撃を受けます。実際「地面が二つに割れたかのようだった」とディランは当時を振りかえっています。
フロー・キャスナーの兄は社会福祉関係の弁護士であり、貧困や階級の不平等に直面し翻弄されつづけた労働者のことをー本人も一時雇いの労働者としてアメリカ中を放浪しているー歌い続けたフォークシンガーのことを尊敬していたのでした。そうした批判精神たっぷりのプロテストソングのなかに、人間性のさまざまな側面を含みこんでいるウディの歌はディランを直撃し、ディランは直感的に「真実」を掴み、自身に課す生き方の本質をすら感じとったのでした。

 

ウディ・ガスリーの自伝『ギターをとって弦を張れ』のすべての文字がディランに入り込む

ディランはウディ・ガスリーその人のことを無性に知りたくなり、偶然に知り合いになったビートニックのデイヴ・ウィッテカーが、ウディ・ガスリーの自伝『ギターをとって弦を張れ』を持っていることを知り、早速借りて読みます。14歳の時に母が死去し一家は離散、大恐慌時代に放浪生活をし、貧しい少年期、看板書きや日雇い労働をしながら、乾涸びた時代に詩人の心を涵養し、一人ひとりが生き甲斐をもてる世界になるよう歌にこめたウディ・ガスリーの生涯に、ディランは衝撃を受けます。
ディランにとって、それはまさに「すごい本」だったといいます。すでに「放浪のバラッド」をたっぷり吸収していたディランだったからこそ、その凄さが深く木霊(こだま)したはずです。というのもその時代、ウディの歌はもう時代遅れだと感じていた者もいたからでした。真逆にディランはウディの世界は、過去から現在、そして未来に響くものがあることを見抜いたのでした。

自伝『ギターをとって弦を張れ』にウディが記した言葉すべてが、ディランの「心の樹」の養分になっただけでなく、ディランはウディのすべてを自身の魂に、そっくりそのまま「転写」させました(服装から食事の仕方、知り合いになる人物のこと)。その日からディランは他の歌を歌うことを取りやめ、フロー・キャスナーの兄の家に通いつめ一曲一曲とものにしていき、ウディの歌だけを歌いはじめたのです。するとディランの心の中で精神の波形が完全なかたちを成し、ウディの歌が一つの<宇宙>に感じられ、掴もうとしていた「世界観」の焦点が合わさってきたように感じたのです。
ディランはウディがどこかに大量に残した歌があることを知り、公共図書館に行き確認したり他の地域からやって来たシンガーたちを見つけるとウディ・ガスリーの曲を知らないか聞いてまわったのです。ディランの「心の樹」は、円錐形のダイナモのように高速に回転しはじめ、友人たちは2週間ごとにディランは急速に変わっていったと感じるようになるのです。

 

自己陶酔していたディラン、木っ端微塵に打ち砕かれる

路上でもコーヒーハウスでも浴室でも、ディランはまるごと「ウディ」になりきって歌っていた時、町の文化人で映画批評家のジョン・パンケイクが、陶酔して「ウディ」になりきっていたディランを木っ端微塵に打ち砕いてしまうのです。「そんなことをしても無駄だ。ウディにはなれんぞ」と。そして以前にディランと同じように「ウディ」になりきって、その状況を卒業し独自の歌を生み出していったジャック・エリオットについてディランに語ったのです(ジャックは弟子のようにウディ・ガスリーの下、共同生活していた)。ディランは、ジョン・パンケイクが「フォークソングの王」だと言うジャック・エリオットのことなどまったく知りませんでした。

パンケイクはディランをレコードのもの凄いコレクションのある自室に連れて行き、ジャック・エリオットや他のシンガーたちのレコードをディランに聴かせました。ディランは自分が「裸の王様」だった気分を味わい、突然すすむべき道が遮断されてしまったような感じに陥ったといいます。それでもディランはジャック・エリオット流に歌ってみたりウディ・ガスリーの歌に舞い戻ってみたり、ただひたむきに歌を続けていきます。ディランはハーモニカラックを苦労して見つけだし、ウディ・ガスリーのようにハーモニカが吹けるように練習を重ねますが、町では有名なハーモニカ吹きのシンガーがいて、ディランのハーモニカは何ら注目もされませんでした。
目の前の歌の道には、乗り越えるべき壁がさらに増え、暗闇も濃くなるばかりです。ディランには同じ年ですでに「フォークソングの女王」となっていたジョーン・バエズが、まるで別の星からやって来た聖人のように感じられずにはいられませんでした。しかしディランは、自分はまだいろんな面で遅れているが、いつかジョーン・バエズに会うことになるだろう、という霊感とでもいえる感覚をもったのです。

 

20歳、ディラン、ニューヨークへ。シンガーのバックでハーモニカを吹く

ディランはついにミネアポリスからニューヨークに向け出発します。1961年、20歳、雪がちらつく真冬の夜明けでした。手にはギターとハーモニカ、それに着古しの服を詰め込んだ鞄をもち、東への向う車を待ちつづけます。57年型インパラの4ドアセダンがディランをピックアップし、ジョージ・ワシントン・ブリッジまでまっしぐら、気づけば雪と寒気で凍てつくニューヨークにディランは立っていました。ディランは人に教えられ、ショーを出し物にしている「カフェ・ホワッ」の顔フレッド・ニールに会いに行きます。昼のショーは音楽だけでなく手品や物真似、コメディやアクロバット芸などハチャメチャでしたが、夜のプロのショーには、レニー・ブルースやウディ・アレン、ジャーニーメンらが登場するカフェでした。
ディランは一人でステージで演奏するにはまだ無理があると判断していたので、バックでハーモニカやギターを演奏したいと考えていました。運良くフレッド・ニールが、自分のステージでハーモニカを吹いてよいと請け負ってくれたのです。ほどなくディランの目標は、憧れの一人デイブ・ヴァン・ロンクがいつも出演している有名クラブ「ギャスライト」に出演することに絞られてきましたが、それはまだ夢であって、当面はコーヒーハウスをディランは演奏の場所にしていました。

ディランはフォークロア・センターに通い込むようになります。そこには南北戦争から水夫の歌、カウボーイの歌に哀歌、組合の歌から黒人差別反対の歌にいたるまで見た事も聴いた事もない珍しいフォークのレコードが陳列され、古い楽譜や民話、楽器、様々なプロパガンダの小冊子で埋まっていました。センターはフォーク・ミュージックに関することを告知したり、オーナーのイジー・ヤングが、コンサートを企画したりしていて、一線のフォークシンガーたちの牙城となっていたのです。
イジー・ヤングは顔馴染みになったディランを奥の部屋に招き入れ珍しいレコードをたくさん聴かせてくれ貴重な昔の楽譜を見せてくれました。ある日、センターにディランが憧れるデイブ・ヴァン・ロンクがギターを見にやってきたのです。ディランは彼の前で一曲歌いました。ヴァン・ロンクはギャスライトの自分のステージで歌わせてやろう、と約束してくれたのです。

 

1年間、知り合った者の家に寝泊まりしつづける。
入り浸って多くの自伝本や詩を読む

一方、夜の寝床は、ディランは1年余り、グリニッジ・ヴィレッジ界隈で知り合いになった者の家で寝泊まりし続けていました。ヴァン・ロンクの家にも何度も泊まったし、ヴァン・ロンクの友人のフォークシンガー、ポール・クレイトンが10歳年上のレイ・グーチとクロイ・キールに紹介してくれディランお気に入りの簡易宿泊場所になっていきました。レイの先祖は将軍や総督がいる名門の出自だったけれどもレイは反体制で、放浪の果てにブルックリンにある労働条件の悪い工場で働いていましたが部屋は5つもあり、ディランが手にしたことのない本で埋まっていました。
ディランは考古学者のように本を猟歩していったといいます。興味深いのは、ディランは伝記本や自伝の類のものが元来好きで、この部屋でもトルストイ(ディランは40歳頃に実際にトルストイゆかりの地を訪れている)やドストエフスキーの伝記や、南北戦争時の南部連合司令官ロバート・E・リー、『戦争論』を著したクラウゼヴィッツ(ディランはクラウゼヴィッツをもの凄く読みこんでいる)、アレキサンダー大王やプロイセン王のフリードリッヒ大王、さらにはフォックスの『ローマ皇帝伝』、モルモン教の創始者ジョセフ・スミス、テディ・ルーズベルト大統領、急進的な共和主義者サディアス・スティーブンズなどの伝記を読み込んでいます(ここでディランをレスペクトしたパティ・スミスが同じく自伝読みの達人だったことを思い出してみよう。パティ・スミの「マインド・ツリー」を未読の方はぜひお読みになってみて下さい)

また著書としては、トルストイとドストエフスキー、バルザックにフォークナーの小説だけでなく、フロイトの『快楽原則の彼岸』や薬物に関する『薬物誌』、トゥキディデスの『アテネ軍司令官』やペリクレスの『民主主義の理想形態』、フォックスの『殉教者の書』、科学理論と神学を合体させたアルベルトゥス・マグヌス、ファラオ時代のエジプトの本やアマゾンの女性に関するものなどでした。軍隊や政治関係の書籍が多いのは、シンガーになろうと決意する前には、陸軍士官学校(ウエストポイント)に行って英雄として戦って死ぬことを想像していた記憶ー「心の樹」の成分となっていることを証しているようです。
また、ジャスパー・ジョーンズやロバート・マザウェルなどの美術書を捲(めく)った後には、バイロンの『ドン・ジュアン』やパーシー・シェリー(『フランケンシュタイン』の作者メアリー・シェリーの夫。詩人)ロバート・グレイブズプーシキンの政治的な詩やロングフェローコールリッジレオパルディ(『孤独の生涯』の著者。ディランは後にジョーン・バエズも自分と同じく孤独愛好者だったことに驚いている)、そしてエドガー・アラン・ポーの詩に心が馳せ、ポーの『鐘』を暗唱しギターにのせて歌っています(ポーは少年ディランが行きたかったウエストポイントに入学している)。
そしてある時から長い詩を好んで読むようになり、読み終わると冒頭の部分を思い出せるか確認するようになっていったといいます。ディランがこの頃好んで歌う曲には20番まである歌もあり、後に自身の曲も長い詩(物語)のものがあるのもこうした様々な影響によっています。
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ディランが衝撃を受け、すべてを「転写」した
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