写真家の「マインド・ツリー」を描いてみた後、手許にあったフランスのSF作家ジュール・ヴェルヌの伝記もの(雑誌『ユリイカ』に掲載されたものが最初だった)にあたってみた時、ジュール・ヴェルヌの「マインド・ツリー(心の樹)」が文字の向こう側に見えてきたような気がしたのです。母方の祖父が生地ナントにあるフェイド島の船主だったこと、大海の航海の話を幼少期によく聴かされ、『ロビンソン・クルーソー』が愛読書だったこと。科学的事実を小説の中に取り込んだエドガー・アラン・ポーの小説に巡り会い衝撃を受け、図書館に日参して科学雑誌や地図にあたってリサーチしはじめたこと。将来の仕事のことでの父との確執はヴェルヌの反骨心を醸成させたこと等々。ジュール・ヴェルヌのSF冒険小説の内側には、葛藤つづきだったヴェルヌ少年の「心の樹」がどれほど木霊していたことか。
もう一つ例をあげれば、ジェームズ・ディーン(ジミー)の伝記本では、ニューヨークのアクターズ・スタジオに出入りする以前のことはさっぱり記憶になく、まちがいなく幼少期は飛ばして読んでいたことに気づくのです。関心がなかったからとしかいい様がありませんが、「マインド・ツリー(心の樹)」的に言えば、ジェームズ・ディーンの”根っ子”を見ないその読み方は、<栄養分>を摂りっぱぐれた「伝記・自伝読み」だったのでした。
ニューヨークに来た時点で、飄々としながらも芝居感がよいのか、独特な演技感があったジェームズ・ディーン。そのイメージは、「マインド・ツリー」式に伝記を読みすすめるうちに木っ端微塵に打ち砕かれます。ジミー自身、幼少から演技上手だったのではなく、内弁慶の母がジミーが生まれて映画館に以前の様に行けなくなり、また夫ともソリが合わず、仕方なく自宅の玄関のポーチを”ステージ”にして、幼いジミーを「観客」に仕立ててひとり演技をしていた事実を知ります。つまりそれは結果、自分も楽しんで、子供も一緒になって楽しめる「方法」となったのです。母は童話やらアメリカ西部開拓史の話、開拓史たちの「伝記」に交えて、勝手に途方もない「物語」を考えだして、唯一の観客のジミーに語り聞かせたのでした。するとジミーも「物語の世界」に入り込んできて、母の真似をして「演じる」ようになったというのです。気づけばそれはちょっとした寸劇になって近所の住民を惹き付けるほどになったのでした。それこそまさにジェームズ・ディーンの心の”根っ子”(心根)になったものなのです。
皆さんの本棚や押し入れにも、”いつか”買い求めた「伝記・自伝」本類が1、2冊はあるのではないでしょうか。もしまだ手許にあり、その人物がいまも気になっていたら、その本をいま一度読み直してみて下さい。その人物の幼少期に何があったのか、どんな「(家庭)環境」にあったのか、どんなひとと会い、どんな「体験」を重ねたのか、「マインド・ツリー(心の樹)」のイメージを念頭において、読んでみて下さい。すると驚くべき事が、あなたの心の中で起こりはじめないでしょうか。「ジャックと豆の木」の様にするすると<一本の樹が、立ち上がってこないでしょうか。
その人物の「心の樹」が、すくっとあなたの心のスクリーンに映し出され、その人物の作品(小説や音楽や映画やアート、思想・哲学など。それらは樹木における<果実>である)に対する理解がぐんと増していることに気づくはずです。それが「マインド・ツリー式読書」です。
わたしたちは、世に名高い作品という<果実>のみを好んで、その果実をならせる「樹木」をあまりにも知らずに過ごしてきたのではないでしょうか。またいつ頃からか、わたしたちは自ら<果実>を生み出すことに懸命になり、自らの「樹体」を、その<根>やその<土壌>を、あまりにも疎かにしてきたのではないでしょうか。「マインド・ツリー(心の樹)」の考えと、その実践はそうした思いとともにあります。(少なくとも私自身)幾多の作品を読んでもみても、「身(実)」になっていないものがどれほど多いことか(また多くは、途中で投げ出され)。それはその人物の「樹体」をまったく知らずに、美味しそうな<果実>のみを食しようとする欲からでたものでした。「木を見て森を見ない」という譬えの様に、「実を愛でて木をみない」に陥っていたのです。
その欲は、「鏡」のごとく自らに跳ね返ってきます。自らの「樹体」を知らずして、「実」をつけるなどありえません。「樹体」無くて、「実」をつけることなどさらに不可能です。最後には、「マインド・ツリー(心の樹)」は、自らのそれに気づき、それで<ある>こと、そこからしか決して成長できないことに行き着くはずです。
まずはその前に、自身の魂が、成長の過程で気になったひとびとの「マインド・ツリー」をみることは大切な作業です。またそれを通じて、自身の「マインド・ツリー」に深く気づくことになるからです。