|
| 出発日 2009/12/27 ~ 2015 / 旅行代金 0円 ~ |
| 主な見どころ - |
| 郷愁のモロッコ | |
![]() |
Esther Freud 河出書房新社 1999-01 売り上げランキング : 743784 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
| モロッコ流謫 | |
![]() |
新潮社 2000-03 売り上げランキング : 270525 おすすめ平均 ![]() 「かのように」文芸批評から踏み出すためにAmazonで詳しく見る by G-Tools |
| カスバの男―モロッコ旅日記 (集英社文庫) | |
![]() |
おすすめ平均 ![]() 大竹伸朗の描写力の強さがある モロッコ、独り旅Amazonで詳しく見る by G-Tools |
| CREA TRAVELLER (クレア トラベラー) 2008年 04月号 [雑誌] | |
![]() | 文藝春秋 2008-03-01 売り上げランキング : おすすめ平均 ![]() 喧騒のないモロッコを求める方にAmazonで詳しく見る by G-Tools |
| Pen (ペン) 2008年 3/15号 [雑誌] | |
![]() |
阪急コミュニケーションズ 2008-03-01 売り上げランキング : おすすめ平均 ![]() とにかく美しい、春夏メンズコレクション達。Amazonで詳しく見る by G-Tools |
|
夜がふけても、否、夜がふければふけるほどフナ広場は熱気を帯びてきます。そこここで音楽が鳴り響き、人々は踊り、いつまでも熱気はさめやることはありません。
ミニスカートとハイヒール姿のブロンド女性が踊っています。おせじにもダンスがうまいとはいえません。周りは観光客が多いのでフナ広場にやってきていた西洋の観光客の女性たちが踊りだしたのでしょう。女性たちを見上げている現地の人もいる様子で、西洋スタイルが目くじらをたてることもない程に入りこんできていることが分かります。そして次のクラブの映像を見れば明かです...
|
マッジョレル庭園とともにぜひ訪れてみたいのは、フナ広場から徒歩30分程の所にあるメナラ庭園です。12世紀のムワヒド朝期に造られた広大な庭園で、大きな池(貯水池)を中央にオリーブ林が茂っています。かつてはスルタンたちも足しげく通った場所です。一時喧噪をはなれ涼しい気分になります。
メナラ庭園へは2頭立ての馬車に乗っていくこともできます。またフナ広場からバスもでていますし、タクシーで行ってもいいでしょう。時間的に余裕があればゆっくりと散策しながら行けば道すがら思わぬものに出会ったりします。 |
| 美食と雑貨と美肌の王国 魅惑のモロッコ (地球の歩き方―GEM STONE) | |
![]() |
ダイヤモンド社 2008-09-20 売り上げランキング : 72516 おすすめ平均 ![]() 写真が奇麗で、モロッコに行きたくなる本Amazonで詳しく見る by G-Tools |
| 世界のあたり前の家〈2〉手わざが光るモロッコ暮らし (世界の「あたり前の家」 2) | |
![]() | エクスナレッジ 2007-10 売り上げランキング : 245207 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
| サラーム アリコム―モロッコ王国をたずねて | |
![]() |
本の森 2005-01 売り上げランキング : 147548 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
|
スークでは細い道が網の目のように巡っていることと、狭い路をロバが曳く荷車が通るので、よろけているうちにあっという間に方向感覚を失ってしまうにちがいありません。気づけば、何かの映像で見た革なめしの職人地区に迷いこんでいるかもしれません。 |
モロッコのスイーツです。ココナッツ・クッキー、ホット・クレープ、アーモンド・スイーツ・ミックスなどまだまだいろいろあります。どもスイーツにしろ料理にしろ、フレイバー=香りは重要な要素です。 |
パリで乗り継ぎ |
||||||||||||||||
パリから、約2時間で タンジールのブクハレフ・スアハル空港に到着。日本からの直行便はなくヨーロッパ各都市からの乗り継ぎとなります。カサブランカやマラケシュなどへ行く場合も同じです。
北緯32度、西経8度、標高450mにあるマラケシュは目前です。マラケシュにはモロッコの縮図です。物語・歴史・遺跡・記憶・自然・人間のすべてが密に繋がっています。11世紀からマラケシュは、キャラバン貿易の交点、文化・学問のセンターとして発展していきました。
|
||||||||||||||||
[Pricelessな旅友]
マラケシュはベルベル語で「神の国」 (murt 'n akush)を意味します。人口はおよそ66万人ですが、カサブランカとラバトに次いでモロッコ第3の街です。 |
||||||||||||||||
南方のサハラ砂漠と隔てているアトラス山脈の中で最も険しい大アトラス山脈の北に位置すマラケシュ。マラケシュの歴史はいつから始まったのでしょう。もともと小さなヴィレッジがあったのですが、1071年から本格的な街づくりがおこなわれていきました。
ベルベル人による最初のイスラム国家・ムラービト朝のユースフ・ブン・ターシュフィン(位1061年~1107年)の時でした。彼はこの地を都と定め、モスクの建設から潅漑、キャラバン貿易のための路の整備がおこなわれました。
マラケシュには遠くサハラ砂漠から、大西洋沿岸から、北方のカサブランカや北東のフェズから、大勢の人々がやってきます。あらゆる物、人が渾然と混じり合い、情報が交わされ、エネルギーに満ち溢れます。まずはジャマ・エル・フナ広場(略してフナ=Fna広場)に行ってみましょう。フナ広場は旧市街(メディナ)の内側にあります。 |
||||||||||||||||