Kineo Kuwabara ♞ 桑原甲子雄を、知る   b.1913(大正2年)〜 d.2007

 

 

♟♟桑原甲子雄:追悼文2007➤➤myb.vox.com
♟♟桑原甲子雄:夢の町➤➤droledebonhomme.cocolog-nifty.com/
♟♟反風景的実践としての「採集」―桑原甲子雄と都市➤➤kyoto-seika.ac.jp
♟ウィキペディア➤➤ja.wikipedia.org
1931年頃本格的に写真をはじめる。主として、上野、浅草など、東京の下町を撮影し、『アサヒカメラ』『フォトタイムス』『カメラアート』などの写真雑誌で多くの入選を果たす。 1940年には南満州鉄道の主催する「八写真雑誌推薦満洲撮影隊」に参加し、中国東北部(旧満州)を撮影。 戦後は一転して、雑誌『カメラ』(アルス社)の編集長に就任し、月例写真の選者に土門拳を起用する。当時、プロとアマチュアの社会的隔たりは大きく、これは桑原の行った斬新な変革のひとつだった。これ以降、『サンケイカメラ』『カメラ芸術』などいくつもの写真雑誌の編集長を歴任し、写真作品の制作よりも新人育成や写真評論に重点をおいた活動を行う。荒木経惟はそこから育っていったひとりである。 1960年代末頃から、桑原が撮った戦前の作品が再評価され始め、何冊もの写真集が出版された。 現在では、東京にとっての都市写真の第一人者(戦前においては、最高の都市写真家とも)との評価が固まりつつある[要出典]。東京に対する愛情は著しい[要出典]。それは、全体をとりまとめて発表するというようなあてもないまま、膨大な作品を残していくという姿勢に現れている。高齢になってもなお、東京を撮影し続けていたが、2007年12月10日老衰のため死去。♟ウィキペディアより
♟「写真少年」だった頃:桑原甲子雄➤➤zerogahou.cocolog-nifty.com
♟桑原甲子雄の教え:世田谷美術館➤➤setagayaartmuseum.or.jp
♟長徳カメラ:桑原甲子雄と木村伊兵衛➤➤chotoku.cocolog-nifty.com