1990年に母国のスイス・チューリッヒで初の個展を開いて以降、パリ、デュッセルドルフ、ミラノ、ケルン、ニューヨーク、シドニー、ロンドン、トウキョーと世界各地の主要都市での展覧会が開かれている。そしてストロイリ自身もそれらの都市のストリートでの撮影をさらに突き進めている。それらストリートの表情は、ビートジェネレーション、ケラワックの「路上-on the Roard」とはすっかり様相が異なり、無国籍的で、どこの国のストリートかにわかには分からない。それは『メトロポリタン・ポートレイト」とも呼ばれる。そのポートレイト群は、望遠レンズ(路上で三脚を立て固定される)で写された個人の独自性のなにものかと、後期資本主義によるグローバリゼーションの波におおわれた世界各都市の似通った光景との間で、見る者のまなざしは揺れ動く。またそれらの写真群は、ドキュメタリーとフクション、パブリシティーとプライバシー、自然さとスタイル、人間の尊厳と大衆の疎外などの矛盾に満ちたものであり、その方法は、被写体を具体化してゆくフォト・ジャーナリズムの方法とは異なるものであり、ゲイリー・ウィノグランドやリー・フリードランダーらコンテンポラリーフォトグラファーズのストリートショットともまた大きく異なる。むしろ世界各地のアーバンセンターを撮ることは、ベッヒャーの”タイポロジー”の方法論が呼び起こされるかもしれない。ロマンチックさもエキゾティックさも欠けるストロイリの群衆の中の人々の写真は、それゆえに政治的で、また社会的リアリティを描写しているともいわれる。世界の光景を映し出す”ヴィジュアル・マテリアル”といえる。