Andreas Gursky ♞ アンドレアス・グルスキーの狂気

 

 

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“I am never interested in the individual,” he coolly says, “but in the human species and its environment.” There is no one person in a Gursky; everyone is part of a multitude.
  from「New York Art」-Jerry Saltz 2007.5

 

「私はまったく個人には関心がない。関心があるのは人類であり、彼らの環境である」と、グルスキーはクールに語った。グルスキーの写真の中には個人は存在しない。
すべての人は群衆の一部である。

 

  

グルスキーの写真にとって、’カメラ・ポジション’こそ極めて重要な決め手である。クレーンの上からか、さもなくばヘリコプターから、充分に高く、遠くから撮影する。それはグルスキー自身の幻想、そして欲望を満たすために重要な要素であり、自身を現世につなぎ止めておくための方法論でもあるようだ。New York West 22 Street(11点)と24th Street (4点)のMatthew Marks Galleryで展示された超巨大な写真は、北朝鮮、日本、タイ、中東アジア、ヨーロッパで撮影されたものだが、それは例えば巨匠黒澤監督の壮大な絵巻物的映画やレニ・リーフェンシュタールのニュールンベルグ大会(1935)での「意志の勝利」の映像、またかつてのカヴァラッジオの巨大な絵画を想わせるものであった。スペクタクル性とディテイル、それと高度に組織化されたイメージが一枚一枚の写真に溢れ返った時、現代の多次元的な、シームレスで不透視なモンスターのフラグメントを垣間見せることができるのかもしれない。