ブラッサイの夜の写真のこと:パリに再度向かう前にベルリンでジャーナリストをやっていたことと、1976年に刊行されあらためてブラッサイの写真と名前が世界的になった写真集のタイトルが「The Secrets of Paris : パリの秘密」だったことが、ブラッサイのあのパリ・モンパルナッソスの夜の写真(カフェでの撮影など)が、密かにスナップで、ドキュメント写真として撮られたかのように思われていた時期が長らくあったが、実際には、ブラッサイのアシスタントが反射スクリーンをかかげセットアップし、続いてフラッシュ・パウダー(ウィージーら、フォトジャーナリストが用いていたフラッシュバルブよりもやわらかい光をつくる)被写体となった男女に3脚にのせたカメラの準備ができるまで待ってもらい、しかもポーズをつけさせ(ただ、彼らがカメラを気にならなくなるまでブラッサイは根気強く自身のイメージにはまる瞬間まで待った)、まるで映画かファッション撮影の現場だったようだ。それを見た友人ピカソは、ブラッサイに”テロリスト”というニックネームを与えるほどだった。これはもともとブラッサイは、ブダペストで絵画と彫刻を学んでおり、パリにでてからも写真に興味をもつことはなかったが、生きているもの、生命(Life)が大好きだという一方、それを捉えたいという願望が、写真に向かわせたのだった。スナップショットが好きではなかった理由は、フレーム内のバランスやポジション、フォルムへの意識からきているにちがいない。ちなみにアンドレ・ケルテスが、ブラッサイにカメラを貸し与え、技術指導している。そして、写真集「Paris by Night」が刊行された4年後から、ファッション誌「ハーパース・バザー」の仕事を受けはじめるが、そんなところに、ブラッサイが長くファッションの仕事をし続けられた理由があるにちがいない。
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